化学療法が進歩しはじめたのはいつ頃?

合成化学の発達

1828年、ドイツのフリードリッヒ・ウェーラーはシアン酸アンモニウムという無機物から、
尿素という有機物を人工的に合成することに成功しました。

その当時までは、有機物というのは生物の体内でのみ
つくりだされるものと信じこまれていたのですから
ウェーラーが無機物から有機物を人工的に合成したということは
たいへんなニュースでした。

そして化学者たちは、我も我もと、合成への道をすすむことになったのです。

その結果、植物や動物の体からしかとれなかった染料が
19世紀末までにはどんどん化学的合成法でつくりだされるようになりました。

20世紀に入ると、各種の薬・人造線維・合成樹脂(プラスチック)
さらには宝石などまでが合成化学の進歩によってつくりだされるようになりました。




化学療法への道

19世紀末までは、薬といえばすべて天然のもの
あるいはそれにわずかに手をくわえただけのものにかぎられていました。

たとえば、アヘン・水銀・キューネ・ジギタリス・ヨウ素
この5つが最も主要な薬とされていたのです。

ところが、20世紀に入って間もなく
1904年にドイツのパウル・エールリッヒはトリバノゾーマ (一種の眠り病の病原体)が
トリパンロートという合成薬剤で殺せることを発見しました。

さらに1909年、日本の細菌学者、秦佐八郎を助手に
梅毒スピロヘータの特効薬サルバルサンを合成することに成功し
化学療法の開拓者になりました。

しかし、偉大なニールリッヒが世を去った後には
せっかくの化学療法にもそれほどの進歩はみられませんでした。

ようやく1932年になって
ドイツのバイエル染料会社の技師ゲルハルト・ドーマクによって
プロントジルが発見されるにいたり、化学療法の研究は再び活気を帯びるようになります。

ドーマク博士の娘が、指にちょっとした傷をしたところ
そこからストレプトコッカスという化膿性の細菌が侵入し
たいへんな高熱が出て、手の施しようもありませんでした。

もうあらゆる手をうちつくしたドーマク博士は専門の色素研究の過程で
かねて合成しておいたプロントジルという赤い色素を娘に飲ませてみました。

すると、驚くべきことに、彼女の高熱は嘘のように消え、まもなく健康を回復したのです。



ドーマク博士が悲壮うな覚悟で実験し
そのききめを証明したプロントジルは
たちまち世界中でもてはやされるようになりましたが
その後フランスのパスツール研究所のトレフォネルらはブロントジルが有効なのは
その中の色素部分ではなくそれを外した残りの簡単な化合物である
スルファニルアミドであることをつきとめました。

このスルファニルアミドは1908年にすでに合成されていたのですが
だれも、それが薬として効き目があることに気づかなかったのです。

さて、その後今日まで30種以上ものスルファニルアミド系の薬が合成され
みなさんがよく知っている抗生物質とともに、医療に役立てられています。

そのほか、化学合成によってつくりだされている薬で
とくに重要なものにトランキライザーがあります。

トランキライザーは精神安定剤、つまり心のいらだちを鎮める薬です。
しかし、はじめは血圧を下げる薬として開発されたものです。

血圧降下剤が精神を安定させる効果を持つことがわかったのは全く偶然の機会からでした。

1953年の6月、アメリカのある製薬会社がインドから
たくさんのサルを実験動物として輸入しました。

長い船旅ですっかり気分を壊したサルたちは
ひどい興奮状態で手のつけようがありません。

困った獣医さんが、サーパジルという血圧降下剤を注射してみたところ
サルたちはみんな大人しくなってしまったのです。

そこで、サーバジルのような血圧降下剤には
気分を落ち着かせる効果もあることがわかり
とかくいらいらしがちの機械文明時代には
このうえなく貴重な薬としてもてはやされるようになったのです。







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