日本列島の移り変わりをわかりやすくまとめてみた!

日本列島は、いろいろな種類の岩石からなり、陸地の構造は複雑です。
これを調べると、何度か、激しい地殻の変動を受けて現在の状態に近づいたのだということがわかります。

地殻の変動のうち、造山運動はもっとも大事な役目をしていてそのたびごとに、大地が大きく変化しました。


先カンブリア代の日本

日本列島のうつりかわりを確かな事実に基づいて考えることができるのは古生代の中期から後のことです。

先カンブリア代は古生代より古い時代ですがそのころの地層については、よくわかっていません。

しかし、最近の研究によって、飛騨山地の北部で東は黒部川流域から西は福井県武生市にいたる広い地域に分布している飛脚変成岩は先カンブリア代のものであることが、ほぼ明らかにされました。

この変成岩類が、先カンブリア代のものであると断定するには古生代にできた、もっとも古い地層を発見してその下に、この変成岩類があることを、証明しなければなりません。

ところが、飛脚山地に分布するもっとも古い地りは古生代中期の地層です。

しかし、この地層と飛騨変成岩との関係の研究からこの変成岩類が、古生代中期よりも古いといわれています。

さらに、アジア大陸の地質の状態も考えあわせると飛脚変成岩の時代は古生代前期とするよりもさらに古い先力ンブリア代のものと考えることが適当であるというのです。

したがって、飛騨変成岩類は日本列島では、もっとも古い地層群ということになります。

ですから、この変成岩類の分布する地域は日本列島ではいちばん古い陸地ということになり、アジア大陸の盾状地の一部であると考えられます。

しかし、飛騨変成岩の時代が先カンブリア代とするには反対意見があって確かな結論は今後の研究にまたねばなりません。

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古生代の日本

日本で知られている古生代の地層は、中期と後期のものです。
中期の地層は、岩手県・岐阜県・鳥知県などの各地に見られます。
しかし、その分布は、ところどころに散らばっているに過ぎません。

中期の地層は、おもに石灰岩・ネンバン層・凝灰岩などからできていてサンゴ・腕足類・サンヨウチュウなどの、海に住んでいた生物の化石をたくさんふくんでいます。

古生代後期の地層は、秩父古生層ともいわれその分布は広く、日本全体にわたっています。
その厚さも数千メートル以上のところが少なくありません。

後期の地層には、いろいろな、堆積岩がありますがとくに、砂岩・ネンバン岩・チャート・石灰岩が多く、レキ岩・凝灰岩もあります。

化石の種類も多くなります。

もっとも多いのは、ボウスイチュウでそのほか、ウミユリ類・サンゴ類・腕足類なども、たくさんあります。

また、ホウサンチュウ・サンヨウチュウ・セッカイソウ類などの化石もあります。

これらはすべて、海に住んでいた生物の化石ですがこれらに混じって、リンボクやシダ類などの陸上植物の化石が宮城県・岩手県などから、わずかですが発見されています。

このような古生代の地層の性質や化石の種類から考えると日本の古生代の地層は海氏に堆積した地層であるということが言えます。

ですから、この時代の日本列島のあたりは、海底に沈んでいたと考えられます。
したがって、この地域は当時地向斜であったわけでこの地向斜を秩父地向斜とよんでいます。

しかし、この古生代地層の中には、いくつかの大きい不整合のあることやリンボクやシダ植物などの陸生の植物化石をふくむことから考えるとときどき海底が隆起して、陸地になったことが、わかります。

古生代中期および後期の日本はいわば海洋時代であってさかんに、地向斜の海底に地層の堆積が続けられ、日本列島をつくる材料がしだいにたくわえられていたのです。

古生代の終わりになると、激しい造山運動が終わりました。

さらに、火山活動もくわわって、大きな山脈ができ、広い陸地が形づくられたのです。

この造山運動を秋古造山運動とよんでいます。



中生代の日本

我が国には中生代の地層が各地に分布しています。
その規模は、わりあいに小さく、海底に堆積してできた海成層と陸地にできた陸成層とがあります。

海成層には砂岩・泥岩・レキ岩が多く、地域によっては石灰岩やチャートも多いようです。
化石としては、2枚貝類・まき貝類・ウニ類・サンゴ類・ウミユリ類などがあります。

とくに、アンモナイト類が、たくさんふくまれています。

陸成層は、おもにサ岩・デイ岩・レキ岩からなり化石としてはシダ類・イチョウ類・ソテツ類、マツ・スギ類などや淡水に住む貝類が見つかっています。

中生代に栄えた、は虫類の化石は我が国からは、不思議とあまり発見されていません。

アジア大陸は、すでに古生代の終わりごろから海面上にあらわれていましたから、ここの地層は、だいたい陸成層です。

これは、日本列島の内陸部に分布している中生層がおもに陸成層であることと一致しています。

このことから、中生代中期には、まだ日本海はできていなくて古生代末期の造山運動でうまれた日本の陸地はアジア大陸の一部であったと考えられています。

日本の中生層が海成層と陸成層が互いに入り混じっていることから中生代を通して何度か造陸運動があって、そのたびごとに海進や海退が繰り返されたことがわかります。

中生代後期になると、造山運動が激しくなりました。
このため、岩石が変成したり、火山活動がさかんになったりしました。

そして少なくとも本州の中部地方から中国・四国・九州地方の全域にわたるほどの大きなしゅう曲山脈ができました。

このようにして、日本列島の骨組みとなる地質構造ができあがりました。

これらの古い山地は、その後の地殻変動で乱され現在では部分的に残っているに過ぎません。
いっぱんに、この山地は高く険しい地形をしています。

新生代第三紀の日本

第三紀前期にあたる地層には、植物の化石、淡水に住む動物の化石、石炭層などをふくむ陸成層と海の生物の化石をふくむ海成層とがあります。
地層はともに、砂岩・泥岩・レキ岩などからなっています。

この地層は、北海道・北九州・常磐地方などに分布しいずれも、炭田として知られています。

第三紀後期の地層は、海成層が多く、砂岩・泥岩・レキ岩などのほかに凝灰岩やシュウカイ岩があります。

この地層は、日本全国に分布しています。
なかでも、本州の中部から東北地方にかけて広がっています。

奥羽地方や北海道の日本海沿岸地方に分布する。
石油や天然ガスをふくむ地層は、すべて第三紀後期の地層群です。

第三紀の海成層にふくまれる化石には2枚貝類やまき貝類が多いですがサンゴ類・カイメン類・ウニ類・カニ類・有こう虫類などもあります。

陸成層からは、被子植物の化石がたくさんでますがそのほか、裸子植物やシダ植物の化石もでています。

また、ラクダ・キリン・サイ・ゾウなどの祖先にあたるほ乳類の化石も産します。
さらに、デスモスチルスというほ乳類の化石も、各地から発見されています。

第三紀層の分布や化石の種類からみると、前期には北海道や北九州などのほかは大部分が陸地になっていました。

しかし、その後、後期になって、この陸地に大規模な海進があったことがわかります。

日本の陸地は、古生代や中生代の造山運動でつくられた古い山地の高い部分だけが島となって海面にあらわれ、大部分が海水におおわれてしまいました。

第三紀層の分布、堆積状態、しゅう曲の構造などから考えると第三紀の終わりごろには、大きな造山運動があって山脈ができたと思われます。

この地殻変動は特に東北日本で激しく起こりました。

日高山脈・丹沢山地などは、すべてこの地殻変動でできた山脈や山地です。
この地殻変動を、大八州造山運動とよんでいます。

この地殻変動により、日本列島の輪郭や、陸地の起伏のありさまが現在のようになってきました。

新生代第四紀の日本

第四紀洪積世の地層はれき・砂・泥などが、まだよくかたまらない地層が多くまた、亜炭や泥炭などをはさんでいます。

この地層の多くは、平原や盆地の周囲、川の流域、隆起した海岸などに段丘や台地をつくって分布しています。

この地層には、陸上生物の化石がふくまれています。なかでも、ソウ類の化石は有名です。

このようなことから、洪積世の地層は大部分が陸成層であるということがわかります。
したがって、洪積世の日本列鳥は、ひと続きの陸地であったと思われます。
しかもこれが朝鮮半島などにつらなり、大陸とも陸続ききであったと考えられています。

日本の洪積世のできごととしては、活発な火山活動があげられます。

日本の火山の多くは、第三紀後期の地層の上に噴出してできたものです。
このことは、日本の火山が洪積世になって噴火したことをしめしています。

また洪積世は、全体的に、気候が現在より寒冷だったと思われることです。
それは、飛脚山脈や日高山脈などの高い地方にはこの時代の氷河堆積物や氷河地形が残っていることによってわかります。




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