人造繊維が登場しはじめたのはいつ頃? わかりやすく解説!

1938年、アメリカの有名な化学会社デュポン社は「水と空気と石炭からつくられる、クモの糸よりも細く鋼鉄よりも強く、絹よりも美しい繊維」ナイロンを発表しました。

合成繊維、ナイロンの出現は、全世界の人たちの目を見張らせたのですがとくに日本人はたいへん驚きました。


というのは、当時の日本は世界一の生糸・絹織物の生産国でアメリカだけにでも年間5万トンもの絹を輸出していたのです。

ところが、ナイロンの誕生で、あっという間に絹の輸出はストップ、カイコに繭をつくらせて生活していた全国200万におよぶ日本の養蚕農家やその繭から生糸をつむぎ、絹布に織っていた製糸工場・織物工場は絹が売れなくなってたちまち困ってしまいました。

新しい科学、技術の成果が、国全体の運命をもくるわせてしまう例をここにも見ることができます。

それまで衣料として用いられた繊維は四大天然繊維とでも言うべき、植物繊維の綿および麻、動物繊維の絹と羊毛などです。

天然繊維をいくらか加工したものも用いられていましたが繊維といえば、ほとんどが天然繊維でした。

後に、木材パルプを水酸化ナトリウムと二硫化炭素の溶液につけると溶けて赤いどろどろしたもの(ビスコース)になりこれを小さな穴から押し出して固めると立派な繊維になることがわかりました。

1892年、イギリスの化学者クロス・ビーバン・ビードル3人の発見です。

こうしてつくられたのがいわゆる人絹(レーヨン)です。
人絹はたしかに化学的につくりだされるものではありますが原料に木材を使うので、まったくの人工合成品というわけにはいきません。

しかし、ナイロンは違います。

ナイロンの原料は、デュポン社の宣伝文句の通りたしかに石炭(あるいは石油)と水と空気なのです。

そんなありふれたものから絹のような美しい繊維がうまれるとはまるで想像もつかないと思われるでしょうが
化学の魔法は、たしかにこの不思議を現実のものにしてくれたのです。



もちろん、石炭と水と空気を混ぜたところでナイロンができるわけではありません。

石炭からつくる石炭酸と水からつくる水素と空気中にふくまれる窒素とをうまく利用していろいろな複雑な工程をへてまずアジピン酸とヘキサメチレンジアンというものをつくり、この2つをむすびつけてナイロンをつくるのです。(ほかにも、違った方法はあります)

このナイロンという合成繊維つくりだしたデュポン社の技術者たちを指導していたのはウォーレス・ヒューム・力ロザースという、まだ42才の技術者でした。

カロザーズはハーバード大学の講師をしていた33才のときに大デュポン社の有機化学研究所長にむかえられたのですからよほど天才的な人だったのでしょう。

残念なことに、ナイロンが発表される前年の1937年、謎の自殺をとげました。
あまり仕事に熱心だったために、ノイローゼとになったのかもしれません。

さて、ナイロンのあとを追って、つぎつぎと新しい合成繊維が登場します。
まず、1939年、当時京都大学教授だった桜田一郎博士、助手の李昇基博士(現在は北朝鮮で合成繊維工業の指導をしています)らの努力で、木綿によく似た合成繊維ビニロン(ボリビュルアルコール繊維』が発明されました。

またこの年、アメリカのダウ・ケミカル社はポリ塩化ビニリデン系の合成繊維サランを発表1941年にはイギリスのウインフィールドらがポリエステル系の羊毛に似たすぐれた合成繊維を発明この特許を譲り受けたイギリス最大の化学会社ICI(インペリアル=ケミカル=インダストリー)が照り芯の商品名(アメリカではデークロン、日本ではテトロン)で1947年に発売しました。

また1948年にはデュポン社がポリアクリル系のオーロンを1956年にはイタリアのモンテカチーニ社がポリプロピレン系のモプレンを発表するといった具合に、カロザーズによって切り開かれた合成繊維は急速に発展しました。




モバイルバージョンを終了