汽車から電車へ

世界最初の汽車はまずイギリスで走りました。
1825年、ジョージ・スチーブンソンがストックトン~ダーリントン間に蒸気機関車ロコモーション号を走らせたのでした。

それからおよそ半世紀後の1872年には日本でも汽車が走りはじめました。
新橋(いまの汐留貨物駅)と横浜(桜木町)の間27.3キロメートルという短い距離を第1号機関車が走り出したのです。


日本の鉄道が急速な発展をとげたのは戦後、1957年に東海道本線の電化が完成してからです。

電車の歴史も決して新しいわけではありません。

たとえば、日本でも1890年に東京の上野公園で開かれた博覧会にはじめて電車が登場し人気をよびましたし1895年には京都で市内電車が営業運転を開始しています。

世界的には、1881年ドイツのリヒテルフェルでおよそ5キロメートルの区間、36人乗りの小型電車が走ったのが最初です。

はじめは市内電車だけでしたが、やがて地下鉄がうまれます。
世界最初の地下鉄は1863年にロンドンで開通した蒸気機関市でひっぱる地下鉄道を1905年に電化したものです。

日本では1927年、東京に最初の地下鉄がうまれました。

市電も地下鉄も短距離をむすぶだけのものでしたがやがて郊外電車がうまれ、また京都・大阪・神戸といった群市間をむすぶ中距離電車が誕生し、さらに湘南電車が完成して電車による長距離輸送のめどがたち、ついに1957年の東海道本線全線電化、1958年からは東京~大阪間をビジネス特急こだま号が走るようになるとともに日本の鉄道は活気を帯びはじめたのです。

国鉄では1975年までに全線の76パーセントを電化のこりはディーゼル機関車を走らせ煙を吐く汽車を全部なくしてしまう計画をすすめています。

新幹線の登場

1964年10月、東海道新幹線が開通しました。
この新幹線を超特急ひかり号は最高時速210キロメートル平均速度172キロメートルで走ります。

この新幹線は5年の歳月と、3800億円の巨費を投じて完成されたものです。

これに刺激されて、イギリスではロンドン~グラスゴー間に時速241キロメートルの高速電車をアメリカでは、ワシントン~・ニューヨークー~ボストン間に時速225キロメートルの電車を、それぞれ走らせる計画です。

また日本でも新たに、山陽新幹線を建設しここに時速250キロメートルの電車を走らせる予定です。



自動車の発達

現在の自動車の大部分は、ガソリンエンジンを原動機としています。
ライト兄弟の飛行機もガソリンエンジンをつけたものでしたがこのエンジンは1876年、ドイツのゴットリッヒ・ダイムラーが発明したものでした。

ダイムラーは1886年、自分で発明したガソリンエンジンをつけた自動車をつくりました。
今日の自動車の原型になったのは、このダイムラーの自動車です。

同じく、ドイツのカルル・フリードリッヒ・ベンツもダイムラーとは別にガソリンエンジンを発明またスピードをかえる装置や電気着火法・気化器などを発明しました。

のち、ダイムーフーとベンツは協同して自動車製作工場を経営しました。

しかし、その後の自動車工業はアメリカで発展します。

1895年に、チャールズ・ドゥーリエ・フランク・ドゥーリエ兄弟がマサチューセッツ州スプリングフィールドにアメリカ最初の自動車工場をつくりましたが、それから10年もたたないうちにオールズ=モーター・ビュイック・パッカード・キャデラックフォード・オーバーランド・ダイヤモンドなどの自動車製作工場がぞくぞくと設収され、しだいに大工業にまで発展して今日にいたっています。

さて、アメリカの自動車工業ひいては世界の自動車工業をこんなにも急速に発展させた最大の功績者はヘンリー・フォードです。
彼は流れ作業ということを思いついたのです。

コンベアを利用して、部品から完成した自動車をつくる方法(トランスファーマシン方式)で自動車を早く安くつくることを可能にしました。

このトランスファーマシン方式は部品から完成品を自動的に生産するオートメーションを可能にしさらにエレクトロニクスをくみ入れることによりますます完全なものに発達していきます。

機械工業のオートメ化は化学工業のオートメ化をうみだしさらには事務や経営のオートメ化をも実現させつつあります。

自動車そのものの性能の発達も、もちろんたいへんなものです。
ことに電気自動車やロータリーエンジン自動車の将来には大きな期待がよせられています。