行き詰った天動説
レオナルドは、すぐれた考えかをたくさんもっていた人です。
しかしその考えは、彼のノートが散り散りになってしまったのでつぎの時代に、直接伝えられませんでした。
これにくらべると、レオナルドより少し後の人で地動説を唱えたニコラウス=コペルニクスのはたらきは大きなものだったのです。
それまで長いこと信じられていたのはプトレマイオスの天動説でした。
これは、太陽や惑星が地球の周りをまわっているという考えかたです。
ところが、この考えかたでは天体、ことに地球に近い火星などの動きが説明しにくしいのです。
地球から見ると火星に西に動くこともあり、東に動くこともあります。
また、しばらく止まっていることもあります。
このような動きを天動説で説明するのは、とてもやっかいなことでした。
コペルニクスの地動説
コペルニクスは、天体の動きを説明するのに考えかたをすっかりかえてみました。
そして、太陽のまわりを地球儀やそのほかの惑星がまわっているとしたほうがよいと思いついたのです。
しかし、コペルニクスの新しい説など誰も信じようとしません。
ことにコペルニクスは、そのころさかんだったカトリック教会の牧師でした。
教会では、天動説が正しいと信じていたので、彼はいろいろと考えあぐんだのです。
しかし彼は「どう見ても、自分の考えのほうが正しい。
なんとかして地動説を世の中に知らせたい」と考えました。
それで友達の助けもあって、書きあげたのが「天球の回転について」という本です。
この本は科学の歴史のうえで忘れることのできない大切な書物のひとつになっています。
できあがった本の一冊が届いたとき、彼は病気で寝ていました。
そして間もなく、さびしくこの世を去ったのです。
しかし彼の地動説はだんだんヨーロッパで認められるようになり古い考えかたを打ち破る新しい科学を築く、きっかけのひとつとなったのです。